橋下知事へ「公開質問状」を提出

 行動を起こす
 1月20日、「共に学び、共に生きる教育」日本一の大阪に!ネットワーク(府内122団体で構成)で、橋本徹大阪府知事に対して「公開質問状」を提出し、その後記者会見を行った。
 午後3時、府庁内の待合室に続々と障害者、保護者、支援者が集まってくる。メーリングリストで呼びかけたのだが、予想以上の人数に緊張と期待が膨らんでくる。車椅子やストレッチャーを連ね、府庁内をぞろぞろと移動する集団に、庁内の人たちの目が集まり、周囲の雰囲気が変化していくのを感じる。庁内を移動することからすでに、私たちの表現、主張が始まっていた。

     
   
(左)待合室に続々と          (右)質問状の手交に向かう
 
 発端
 
そもそもの発端は、昨年6月に北河内連絡会の定例会を「いつものように」十人あまりで開いていたときだった。話題が、そのときかまびすしく予算の凍結を叫んでいた橋下知事のことになり、「財政問題もさることながら、そのうち教育にも口出ししてくるのではないか」と、一人の口から漏れ出たことに始まる。
 誰もが同意した。そして、「お金のことも大事だけれど、大阪の教育が壊されてしまうのではないだろうか。」「共に学び、共に生きる教育が、競争主義の教育に変えられてしまうのではないか」との不安や危機感が参加者の中に広がった。
 その場で、「共に学び、共に生きる教育」を守り、さらに進めるために知事宛の要望を行うことを決め、賛同団体を募ることにした。今思い返してみても、いかにも早い決断と、行動であった。
 私たちの取り組みと並行するように、橋下知事は「大阪維新プログラム」を発表し、「教育日本一をめざして」等、矢継ぎ早に教育に関する発言提言を繰り返すようになった。習熟度別クラス、まなび舎事業、特色ある進学高校、学力テストの順位公開、教育委員のすげ替え・・・等々、私たちが予想したとおり、否それ以上に、能力主義、競争主義、成果主義の教育への転換を狙うものであった。教育とは世代から世代に受け渡ししながら、長い年月をかけて取り組み積み重ねて行くものである。それを当事者との十分な話し合いも持たないままに、性急に否定し、力づくででも変えようとする手法に、何よりも危機感を感じ、反対であった。
 当初40団体を目標に始めた賛同団体の呼びかけだったが、2ヶ月も経たない間に府内122団体もの人たちが名前を連ねてくださった。さっそく8月13日には大阪府教育委員会教育長宛に、8月29日には橋下知事宛と府議会議長宛に「要望書」を手交した。9月3日に教育委員会からの回答を頂いたが、知事からの回答は頂くことができなかった。
 そして、今回の公開質問状と、記者会見へと進展することになる。

 
 公開質問状を手交する
 
賛同する団体や個人の間をつなぎ、交流する目的でメールマガジンと、メーリングリストを立ち上げてもらった。1月20日のことはメールマガジンに詳しいので引用する。

 1月20日(火)午後3時30分〜、大阪府庁本館1階の会議室で、府に公開質問状を提出しました。当ネットワーク側は、府内各地から46人が参加(大阪、寝屋川、枚方、大東、吹田、高槻、池田、箕面、豊中など)。障害当事者も多数参加しました。
 府側は、教育委員会から、有本昌剛氏(支援教育課・首席指導主事)、橋本光能(ミツヨシ)氏(総務企画課・首席指導主事)。府民課から平井克彦氏。山井仁司氏(教育委員会総務企画課)が司会をつとめました。
 まず、当ネットワークの鈴木留美子代表から、質問状と、補足資料として、障害当事者と保護者が書いた「共に学び、共に生きる教育」に対する思いの文章を手渡し。
 次に、松森俊尚事務局が趣旨説明と質問状の読み上げを行った後、府から次のような発言(要旨のみ)。

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【有本氏】
・小中学校段階では、大阪府は支援学級の設置率が98.3%と、地域の学校で「共に学び共に育つ教育」が行われている。今後の課題は、高等学校段階でどう広げるか。そのために知的障がい生徒自立支援コース、共生推進教室を設置してきた。数的にまだ少ないが、共生推進教室の通学区域を府内全域に広げ、自立支援コースの募集人員も来年度から拡大するなど、少しずつ取り組んでいる。
・理念的なことでは、そもそも、われわれの社会には、障害のあるなしを含めて、多様な子どもたちがいる。その子どもたちがどうおたがいに支えあって共生していくのかが、支援教育が求める最大のねらいだと、個人的には思っている。そういう気持ちで仕事はしている。

【橋本氏】
・高校で教師をしていた時の経験から、質問の5番に共感する。クラスには、障害だけでなく、いろんなシンドイことを抱えた子がそれぞれいて、ちがう子がいることを子どもたちがあたりまえに感じ、自分なりのことを感じとって、おたがいに成長していけることは、自分の経
験で感じてきたことでもある。
・ただ、われわれとしては支援学校を全否定はできないし、質問状の全部は受け入れがたいところもある。もう少しおたがいの距離感を縮めないといけない。
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 その後、当ネットワークから、障害当事者と保護者の各1名が意見を述べて、終了しました。
 府は「本日いただいたご意見は、府民課、秘書課にも私どもの方から伝えさせていただき、きちんとお届けする。公開質問状についても、期限までにとりまとめて、総務からご連絡させていただく」と約束。
 また、事務局から「もし距離感、溝があるとするならば、今後とも双方が顔を合わせて話し合う場を作っていただきたい」と要望したのに対して、府側からは「了解する」との答えがありました。


  

記者会見
●記者会見で当事者、保護者たちが思いを訴え
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質問状を提出後、午後4時から、府政記者クラブ会見室で記者会見を行いました。
記者は、毎日、朝日、読売、産経、時事通信の各新聞社が出席。車いすの参加者が多かったため、せまい会見室から、いすを全部外へ運び出して実施。入りきれない人たちも部屋の外から見守るなか、会見がスタートしました。

まず鈴木留美子代表から、今回の行動の趣旨説明。その後、障害当事者、保護者たちが自らの体験を通じて、「共に学び、共に生きる教育」の大切さを訴えました。

みなさんの発言の一部を紹介します。
○折田涼さん(障害当事者)
・人工呼吸器とともに、地域の学校で地域の友だちといっしょに、共に学び共に生きてきた。
・呼吸器をつけている子も、ストレッチャーに乗っている子も、いっしょに学べる学校はとてもステキな学校。
このような学校で学ぶことができ、工夫をし、手助けしてもらいながらも、さまざまなことににチャレンジし、たくさんの人に出会い、友だちに恵まれた。

○前田連くん・美貴代さん(障害児とその親)
・息子(蓮)は9才で、現在地域の学校に通っている。
・子どもたちは、どうしたらいっしょにできるのかを自然に考え工夫し、手伝ってくれる。蓮もいっしょにいることが当たり前の存在。
・障害のある子もない子も、すべての子どもが「学校に行くのが楽しい!」「明日も早く学校に行きたい!」と思える、本当の意味での「教育日本一」になればいい。

○北口昌弘さん(障害当事者)
・小学校から高校まで、地域の普通学校の一般教室で障害をもたない仲間たちと学んだり遊んだりした。
・学校でいじめられて辛い思いをしたことがあったが、友だちが支えてくれて乗り越えられた。今でも街へ出かけた時、学校時代の友だちに会うたびに、地域の学校に通って良かったと実感する。もし養護学校に通っていたら、楽しい経験もできず、地域で孤立していた。

○上田哲郎さん(障害当事者)
・私が通った地域の公立高校は個性あふれる仲間がたくさんいて、世間一般の常識では「良くない」といわれそうな経験も含めて、実にさまざまな経験をしてきた。
・善い経験も悪い経験も、人生の経験はたくさんあればあるほど、地域であたりまえに、ありのままに生きていける。障害児も健常児も「地域で共に育つ」ことを大切にする大阪で育ったがゆえに今の私がある。

○松永洋子さん(「障害をもつ仲間と共に歩む豊中若者の集い」メンバー)
・いま大学で社会福祉を学んでいるが、周囲の学生たちは障害者と話す機会もほとんどなく、「援助する側」と「される側」という枠の話になりがち。
・でも、私が誰かを助けたいと思うとしたら、相手に障害があるからじゃなく、仲間だから。そんな考え方ができるのは、小・中学校で障害のある仲間とかかわれたから。そういう経験ができたのは、大阪だからだろう。

障害者自らが、新聞記者のペンを通して、「共に学び、共に生きる教育」の意味と、その大切さを、一人でも多くの府民に知ってもらおうと、懸命に訴えた。
    

  
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●毎日新聞で記事に取り上げられました。
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 取り上げてくれたのは、記者会見の場に来てくれた5社の内毎日だけ、しかも私たちの費やした時間や労力、何よりも噴き出さんばかりに膨れ上がっていた思い入れからすれば、決して大きな扱いの記事とは言えない。
 しかし、僕はこの記事が好きだ。「競争主義に強い懸念」、短い見出しが正鵠を射ている。私たちネットワークの出発を記念する原点にふさわしい。そして、いかにもこれからの展開を暗示しているかのように、僕には見えてくるのだ。