子どもたちとつくる授業
私たちの町をきれいにしたい

  それは一つの不思議から始まった (04.7月17日更新)

 2年生の生活科で「校区たんけん」に取り組んだ。五月の春爛漫の陽光の中を、子ども達は元気いっぱいに校門を飛び出していく。「あれぇ不思議だなと思うこと・ものをたくさん見つけよう」を合言葉に、一ヵ月間毎日校区を歩き回り、気づいたことをノートに書き、発表、交流をしながら授業が進んでいった。

 あるときS君が、「豊野町(校区にある町名)の歩道を歩いてたら花壇や木がたくさんあってんけどな、その木にタバコ入れのカンカンがつるしてあってん。なんでそんな缶をぶら下げてあるんやろ」と、自分の見つけた不思議を報告した。「それは町をきれいにするためや」「タバコをほかしたりしないようにしてるんやで」「歩道は人が歩くところやからきれいにしてあるねん、花をもっといっぱい植えたらもっときれいになるのにな」と一斉に声が上がった。そのときY君が「ちがう。おかしい」と語気強く発言した。「歩道は人や自転車が何回も何回も通るから、きれいにならない。きれいになんかでけへんわ」と発言する。Y君の意見を考えるために、もう一度みんなで豊野町の歩道を歩いてみることになった。

 子ども達は小さなからだを折りたたんで、郵便ポストの下を覗き込んだり、花壇の中に分け入ったり、家の軒下を探し回る。背を伸ばして吊り下げてある缶を覗く。ためつすがめつしながら何度も歩道を行き来する。誰にとっても予想をはるかに凌ぐゴミの発見であったようだ。ガムや紙、空き缶、ペットボトル、落ち葉、犬のうんこ、そしてタバコの吸い殻等々が至る所に散乱していたと口々に報告する。特に信号や横断歩道の渡り口にタバコの吸殻がたくさん落ちていたと言う。

 町をきれいにしたい

 子ども達の全員が「町をきれいにしたい」という思いを持っている。しかし実際の歩道には,期待を裏切るかのようにたくさんのゴミが捨てられていた。自分達の住んでいる町の問題だから、中々に切実な話し合いが生まれてくる。

 みんなで掃除したらどうやろ・一人一人が拾えばきれいになるで・「町をきれいにしよう」と書いたポスターや看板を張ったらどうか・捨ててる人があったら注意したらええねん等と、「努力すれば町をきれいにできる。自分達が動いてきれいにしようや」との意見が出る。一方で、ガムやゴミがいっぱい落ちてるのに何回掃除してもむりや・せっかく缶をつるしてあるのに吸殻をぜんぜん入れてないやん・酔っ払って捨てる人もおる・車や自転車からポイ捨てする人何人も見たことあるわ・ぼくらが注意しても聞いてくれるんか、と「いくら努力しても町はきれいにならない」と主張する者達もあった。

 そこは子ども達、「そんなん言わんと、とにかくいっぺんやってみようや。実際にみんなで掃除して、ポスターを張って呼びかけてみようや」と、声の大きな正義感の押しの強さに納得する。何かしら面白そうな興味がもこもこと頭をもたげてくるようでもあった。翌日、教室の掃除道具入れから箒、竹箒、バケツ、ゴミバサミ、ちりとり、ゴミ袋を洗いざらい引っ張り出し、足りないものは隣の教室からも借り出して、手に手に掃除道具を持った異様な風体の子ども達の集団が町に繰り出した。

 吸殻、空き缶、空き瓶、雑草、雑誌、中にはパンツやうんちまで拾っている。投げ捨てられた電化製品を、赤茶けたさびを手につけながら引きずってくる者もある。その姿は大人たちの視線を惹き付けずにはいない、あちこちで声をかけられ,話し込んでいる子ども達もあった。2時間の掃除を終えていっぱいに膨らんだゴミ袋を持ち帰り広げてみると、一山もある量と種々雑多のゴミの種類にどの口からも思わずため息が漏れたものだった。     

 ため息の一方で、「それならば」と言わんばかりに、ガ然やる気を奮い起こした子ども達はポスターを描き上げ、それを歩道の木に吊るすことにした。ところが、「運転手の気を散らすことになる」と市役所の了解がとれず、それでも役所が提供してくれた、歩道に設置してあるガラス戸のついた「上等の」掲示板三ヵ所に全員のポスターを張り出すことができた。

 わたしらだけではムリや、学年のみんなによびかけよう

 二週間後、みんなで掃除し、ポスターを張った歩道をもう一度見に行くことにした。期待を膨らませたり、不安を交錯させながら出かけた子ども達の思いは見事に裏切られていた。それでも、「少しやけどもポスターの前はきれいになっていた」「お父さんの駐車場で一人のおばさんが掃除をしていた」「一人でもポスターを見て注意してくれる人があったらええやんか」と主張する子ども達もある。しかし、「もっとゴミが落ちていた。なんでポスターを見てくれないのか」「みんな知らん振りしてゴミをほっている、ぼくのおとうさんだってたばこを捨てていた」「火を消さないでタバコを捨てる人も見た」「ほとんどの人はきれいにしようとなんかはしていない、何回掃除してもムリや」と、悔しさや怒りを滲ませて発言する者達の声に力がこもる。「少しの人だけでもきれいにしたらええやんか、私一人でも掃除する」と、宣言するかのように言い放ったTさんは、その時の思いをノートにこう綴っていた。

 ・・・たばことかはいっぱいだった。もうむりなのかなぁ?「町はきれいにならない」にひきずりこまれそう。でもまけてられない。きれいにできないほうをひきずって、なかまにしたい。みーんな、きれいなまちにしたいんだったら、きれいにできるのほうにはいればいいのに、どうして。バレエのかえりに、おねえちゃんが、わたしたちがそうじしたとこをとおってかえってきたけど、きたなかったんだって。ぜったいムリなんだ。かなしいな。わたしたちだけでも、日よう日にそうじして、きれいにしたい。かちたいよぉ。一人でもがんばる。ともだちさそってがんばる。もう、あたまのなかがぐちゃぐちゃ。がんばるよ。


                                   ◇

 「それでも町はきれいにできる」と考える者達と、「だから町はきれいにならない」と主張する者達の討論は熱を帯びていく。「みんな町をきれいにしたいんやろ」「ほんだらどうしたらええのん」「もう一回クラスで掃除しよう」「また見に行ってきれいになってなかったらどうするの」「心をこめてもう一回ポスターを作る。それでだめやったらあきらめるわ」「手紙を書いて印刷して町の人に配るのはどうや」「駅でみんなに手紙をまいたらええやん」「一軒一軒の家に配っていったらええかもしれへんで」「新聞の中に手紙を入れてもらったらどうやろ」「Hさんとこ新聞屋さんやから頼んでみようか」等々とかまびすしいほどに意見が交わされていった。

 「私らだけではムリや、2年3組だけではなく、2年生みんなに呼びかけて取り組んでもらおう」ということになった。一学期末、学年授業を呼びかけ、これまでの経過を説明し、2年生全員で取り組んでくれるよう提案した。真顔で提案する声に切実感も漂うのか、他のクラスの子ども達の興味を引き、2学期早々に学年で取り組むことが決まった。

 ポイ捨て禁止条例を直訴

 2学期、今度は2年生全員で校区をフィールドワークする。そして手に手に掃除道具を抱えた子ども達100人が、商店街、駅前、歩道に出没しては掃除をやり始めるのだから、隣近所の人達や通りすがりの大人たちの目を引かずにはおかない。話しを聞きつけたお母さん達が応援に自転車で駆けつける一幕もあった。学年授業の話し合いが続く。それでもやっぱり、見に行くたびにゴミが捨てられている。「だから町はきれいにならない」「いや町をきれいにできるはずだ」、学年の子ども達の間でも、二つの立場に分かれて熱のこもった話し合いが展開された。

 その頃3組の子ども達は「ゴミ日記」を毎日書き始めていた。書きながら家族との話し合いも生まれる。

 <2月1日>こたつの上でおかしを食べて、みんながふくろをそのままにしているので、わたしがちゅういしました。それでゴミばこにいれました。お父さんが「きょうはどないしたん」と言うから、「いまゴミのべんきょうしてんねん。お父さんも自分ですてや」と言ったら、「はいはい」と言いました。

 <2月3日>きょう学校から家まで、ゴミをひろって帰ったら、ふくろの中がいっぱいになりました。お母さんに見せたら「えらいいっぱいひろってきたなぁ」と言いました。いちばん多かったのがおかしのふくろとタバコでした。いいことをしたと思いました。あしたも、びにいるぶくろをもっていこうと思います。

 家で話し合ったことが授業にも持ち込まれる。一人の子どもが、「わたしシンガポールへ行ったとき、ゴミが一個も落ちてなかってん。ゴミを落としたら罰金とられると言うてたで」と発言する。「オレも台湾行ったとき、立ちショウベンでけへん言われたんや」「ポイ捨て禁止条例というのがあって、ポイ捨てしたら罰せられんやとお母さんが言うてた」と発言が続く。「寝屋川市にはポイ捨て禁止条例があるんやろか」、さっそく各地の条例実施の現状を調べる者たちが出てきた。「日本では67市が条例を作っている。神戸市も来年作ることになっている。でも寝屋川市ではまだないんやて」、得意満面に報告する者がある。

 「寝屋川市にもポイ捨て禁止条例を作ったらええんやんか」「そうやそうや、市長さんに学校来てもろうて、話し合いやったらきっと聞いてくれるで」、子ども達の目が一斉に輝きだした。早速市役所に連絡をとる。市からは、「代表できてもらえば市長が会います」との返事が届いた。

                       ◇

 ・・わたしたちは、ゴミの学習を一年ぐらいかけてしてきました。でもぜーんぜんきれいにならない。わたしのいなかは、わかやまです。わかやまでは「ポイステきんしじょうれい」をつくっています。だからとってもきれいです。少しゴミもおちているけれど、ねや川市とくらべたら大ちがいです。・・でもいくらがんばってそうじをしてもぜんぜんきれいにならないから、いま「ポイステきんしじょうれい」を作るためにどうするかをみんなでかんがえています。お母さんたちにもてつだってもらってやったこともあります。

 だから「ポイステきんしじょうれい」を作ってください。そうしたら町はきれいになる。ダメだったら、今までポスター、そうじ、話し合ったいみがない。町をきれいになる方ほうは、「ポイステきんしじょうれい」です。だから作りたいです。

 

 各クラスからの代表六人が市長の前に立って、朗々と「直訴状」を読み上げた。2年生が終わろうとする3月の半ばを過ぎたときだった。

                                                読売新聞

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