娘の高校受験で得たもの…

〜みんなといっしょに高校へ行きたい〜

                知的障害者を普通高校へ 北河内連絡会

                    代 表  大町 和枝

生まれながら「知的障がい」というハンディをもつ娘は、今年の3月に地域の中学校(交野市)を卒業し、今は枚方市にある『近畿情報高等専修学校』の1年生です。
娘は、これまで小学校・中学校を通して障がいのある子どもと友だちが「ともに学び・ともに育つ」教育のもと、地域の学校で勉強やクラブ活動と楽しく過ごしてきました。その中で学び得たものはたくさんあり、どれも価値のあるものだと思っています。娘の生きかたを通して、ともに生きることの意義と現実を教えてくれたように思います。娘たち障がいのある子どもたちが、ありのままの姿で地域の学校に受け入れられることで、この場所が「私たちの地域」であると実感することができます。
娘が、小学4年の時、養護学級の担任の先生から「障がいがあっても他の子どもたちと同じ4年生なんだから、同じ4年生として見て接してあげないと…」と言われ、私は娘を「他の子どもたちと同じ4年生として見て,接してきただろうか…?」とふっと考えさせられたことがあります。このことで接し方を考え直すキッカケとなりました。いろいろな個性をもっている集団の中でクラスの友だちと過ごすことの大切さ、障がいのある子は勿論、障がいのない子どもにとっても大切であることに気づき、「障がい」を理由に地域社会から切り離そうとしていた自分の考えや思いが、いかに狭くて小さいものだったかを娘を通して学ぶことができました。
しかし、中学校卒業後の進路を考えたときに選択肢の少なさと狭き門という厳しい現実が目の前にあり、今までいっしょに過ごしてきた友だちと同じように高校へ進学することが困難な状況の中,娘は私学入試・府立枚方なぎさ高校の「知的障害生徒自立支援コース」・後期の一般入試と受験をしました。娘の受験を経験して、私が感じたことを少しお話をさせていただき、これから小学校・中学校へと進学される保護者の方々の力添えになれば幸いです。
私は、娘が小学6年生の時に“調査研究校”のことを知りました。娘が中学3年になった時に進路の選択肢として一つでも多い方がいいと思ったのと、制度化されるということで、なおさら希望と夢をもち、その動きを見守ってきました。娘も、みんなといっしょに地域の中学校へ進学して「中学生」という少し大人になるような複雑な気持ちもあり、娘も「中学生らしく」見えました。クラブ活動も自分から“バドミントンをやる!!”と決めて一生懸命に努力をして、真面目に取り組んできました。その真面目さには、親の私も感心するぐらいです。寒い冬も・暑い夏も・毎日クラブ、クラブ…で過ごしてきました。仲間に励まされながら試合にも出場したり、引退まで続けることができた事は大きな自信となっています。クラブや学校行事を通して学んできたこともたくさんあります。みんなといっしょに取り組み一生懸命に練習をしてきた達成感・満足感、そして負けた時の悔しさ、悔しさをバネにまた頑張る気持ち、負けたくない!絶対に勝ちたいという気持ちが表に出せるようになりました。このような成長は、人間関係の苦手な障がい者同志の中では育ちません。教科書でも学べません。友だちや同世代の子どもの中で、学び得てきたものです。誰もが中学を卒業したら高校へと進学します。「知的障がい」があっても高校へ進学したいと願って、長い間の夢であった府立高校で“ともに学ぶ制度”がスタートしました。
しかし、大阪府下各学区に1校で2〜3名というとても狭き門です。「知的障がい」のある生徒にとっては、希望と夢の光なのです。その小さな小さな光に希望と夢を求めてたくさんの人が「行きたい」と願って志願しました。倍率も6倍(枚方なぎさ高校の知的障害自立支援コース)という厳しい状況の中、受験しましたが、結果は地元枚方市から2名という結果でした。また、地元地域ではないので行きたくても通う事ができず諦めざるを得なかった人もたくさんいると思います。そして、高倍率の中、合否決定にあたって基準は明確ではなく、不透明なところや不本意なところが多かったです。調査研究期間の5年間で、知的障がいのある生徒にとって多くの生徒が集まり、多くの個性が存在し、絶えずその影響を受ける高等学校という場で日々学んでいる事は大きいと考えられ、また周りの生徒にとっても知的障がいのある生徒を一人の級友として、自然に接することで障がい者理解を日常的に学び、この体験から次代の共生社会を担う資質を身につけていく事が期待されるという、とても良い結果が出ていると府政だよりで報告されていました。このよい結果を「知的障害生徒自立支援コース」だけでなく、どの学校にも受け入れていただき、たくさんの方々に障害のある生徒の進路を知ってもらう事により、今までに何人もの「知的障がい」のある生徒が行きたいと願っても入学できなかった高校へ一人でも多くの生徒を受け入れてもらえるように、小さい小さいこの光をチャンスに置き換えていきたいと思っています。
後期入試の配慮申請の時も「受験をしたい」「高校生になりたい」と思う知的障がいのある生徒に対して、なかなか理解を得られず悔しい思いをしたりしてきました。そんな時、同じ思いで子育てをしている保護者の方々や、たくさんの仲間に励まされたり,元気をもらったりして、改めて横の繋がりの大切さを感じました。決して一人の力ではなく、たくさんの人の力や心で作り上げてきたものだと思いました。この初年度が到着地点ではなく、これからが出発だと思っています。「障がいがあるのに普通高校に行きたいなんて…」ではなく、「障がいがあるからこそ地域の高校へ」となる為にも、これから先も言い続けていく事が大切だと感じました。
これまで、私たちは障がいをもった生徒も『みんなといっしょに高校へ進学し、いっしょに勉強し、いっしょに高校生活を送りたい』という当たり前の願いを少しでも叶え、閉ざされた門戸を少しでも広げるために寝屋川市を中心に取り組んできました。最近は近隣の市からも障がいのある子どもの進路を考える時、選択肢の一つになればと参加される方が、少しずつではありますが増えてきています。活動していく中で、保護者・教師・学校・市教委・府教委と縦の繋がりの大切さは勿論、保護者同士の横の繋がりも大切だと感じてきました。また、この様な情報が保護者まで行き届いてないのが現状です。中学3年で情報を得るのではなく、もっともっと早い時期から知る事で、今の学年をどのように過ごすか違ってくると思います。そこで、寝屋川市に限らず、北河内全体で取り組んでいけたらと思い“知的障害者を普通高校へ 寝屋川連絡会”を改め“知的障害者を普通高校へ 北河内連絡会”として各市で取り組み活動していきたいと思っております。そして、大阪府下全体で取り組んでいけたら…いいなぁと思っています。