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コイの卵(6月17日連載開始)
市の下水道課の上田さんから電話がかかってきた。いつものように前触れの挨拶もなくいきなり本題に入る、せわしないけれども精力的な声が受話器の向こう側から聞こえてくる。「今朝古川でコイの卵を採ったから、セイビ小の子ども達に見せたいから持って行くで。いつ持って行ったらええかな?」と。「いきなり『いつ?』と言われても」と途惑いながら呆然と受話器を耳に押し付けたままの松森センセにお構いなく、「古川の水をバケツにたっぷり入れていくし、藻も充分にある。学校にある適当な大きさの水槽を捜しといてえや。ほんで、いつ持っていったらええかな?」と更に畳み掛けてくる。
松森センセの頭の中は大混乱に陥りながら、それでも「これはオモロイ授業になるで、学習がつくれるで」という勘がピピッと体中を走り抜けるのを覚えていた。「ちょっと待ってや、みんなに見せたいしな、4時やったらもう1年生がおらへんし・・・」といつの間にやら上田さんと調子を合わせた会話が弾んでいた。電話で話しながら、卵を見る子ども達の顔、世話をする子ども達、不思議を見つけて声を上げる子ども、育て方をめぐって学級で話し合いをする姿等々が次々と浮かんでくる。1年間の教材研究が頭を駆け巡っていた。
「わかった、給食時間に校内放送で子ども達に知らせるわ。体育館の前に水槽を置いて、下校する子ども達が誰でも見れるようにするわ。2時頃に持って来てもらえるかな」「よっしゃ」と上田さんはリズミカルな声で電話を切った。とはいえもう4時間目が始まる。ぶっつけ本番の放送しかできない。
給食時間に校内放送で(6月29日更新)
(ピンポンパンポーン♪とチャイムを鳴らして、第一声を始めます。なかなか緊張する瞬間です。)給食中にごめんなさい。今日はみなさんに聞いてほしいお話があったので、放送させてもらいました。松森センセはお喋りだから長い話になってしまうかもしれませんので、給食を食べながら聞いてください。
4月に、何度か1年生の人達といっしょに付き添って下校したことがあったんです。高柳町の人達と帰ったときに、途中で古川という川を渡るんですね。中学校へ行くときに渡る川ですね。そのときに川を見てびっくりしたんです。
おおきな、本当に大きなコイが、川をさかのぼっているんです。「さかのぼる」というのは、川の流れと反対に、上に向かって泳ぐんですね。ゆっくり、ゆっくりと。しかも1匹や2匹じゃないんです。何十匹という大きなコイがさかのぼっているんです。水しぶきをバチャンバチャンと上げながら、かたまっているんですね。
見た人もあるかもしれませんね。なにをしているかわかりますか?そう、川の中にある水草に卵を産み付けているんです。産卵しているんです。もうセンセはびっくりしてしまいました。
去年の児童集会で、今の5年生の人たちが、古川で産み付けられた卵からかえった小さな子どものコイを、半年間育てて、3月にまた古川に返したというお話をしてくれたのを覚えていますか。去年古川に返したそのコイが戻って来たのではないと思いますが、何年か前に生まれた子どものコイが、川を下って、海の近くまで行って、そして大きくなって、また「生まれ故郷」の古川に還ってきて、卵を産んだのかもしれません。先生も詳しいことは分からないので、また調べたり、誰かに教えてもらおうと思っています。
そんなことを考えていたら、何と今日突然電話がかかってきて、寝屋川市の川のことや川に住む生き物のことを調べたり、掃除したりしているおじさんからなんです。「今朝、古川でコイの卵を採ったので、学校へ持って行きます。セイビ小学校の子ども達に、見せてもらえますか」と言われました。
そこで、今日みなさんが帰るときに体育館の前でコイの卵を水槽に入れて見られるようにしておきます。詳しいおじさんもそばに付いて下さっています。ぜひ帰りに見て帰ってください。
明日からゴールデンウィークで4日間休みになりますが、休み明けの水曜日の朝にも、水槽を出しておきます。コイの卵がどうなっているか、登校してきたら見てください。
長ぁーーーいお話になってしまいましたが、聞いてくれてありがとう。
ランドセルを背負ったまま興味津々の目で水槽を覗き込む子ども達の群がりは、ひきもきらず続いた。「コイの卵ってどれ?」「見えた見えた、ほらあの透明の小さな丸いヤツやろ」「水草にいっぱい付いてるやん。全部で何個くらいあるのんかな」・・・。2時過ぎから4時半まで、延々と子ども達の漏らす呟きや質問の一つ一つに、終始笑顔をこぼしながら水辺クラブの加藤さんはていねいに付き合ってくださっていた。
(8月4日更新)
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水草に産卵した卵が運ばれてきた。
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学校で用意した水槽に入れる。いったい何個あるのだろう。何千個、かも?
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下校途中の子ども達が次から次へと水槽の周りに集まり、覗いて行く。加藤さんは延々と続く一人ひとりの話に耳を傾け、応えてくださる。
5月3日から6日までの連休が終わり5月7日の朝、校門を入るとすぐに見えるように水槽を出して置いていた。
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何と連休の間にたくさんのコイの赤ちゃんが生まれていた。登校するなり水槽の周りに人だかりができ、歓声が上がったのは言うまでもない。
昨年の4年生が取り組んだ学習(9月7日更新)
下水道課の上田さんや、水辺クラブの加藤さんたちが古川で産卵したコイの卵を子ども達にと持って来てくださったのは、昨年度4年生の子ども達の取り組みがあったからだった。
それは4年2組のこんな学習から始まった。社会科で浄水場の見学を終えたとき担任がポツリと漏らした、「先生の故郷の徳島の水はもっとおいしいような気がするんだけど…。」子どもたちは反応する。さっそく「飲み比べ」をすることになった。先生の実家の徳島県からボトル5本分の水道水が届いた。目隠しした3本のペットボトルに「寝屋川の水道水・コンビニの天然水・徳島の水」を入れて、教室の前に並べられた。子どもたちは3つのコップに入れられた水を、ちびりちびり、なめるように飲み、えもいわれぬ顔を浮かべている。
さて、1番おいしかったのは?活発な意見が交わされる。「川の汚れで、味が変わると思います。」「人がいっぱい住んで、排水が出るから汚れていく。」「だって、寝屋川も、近くの古川もごみがいっぱい流れてる。ポイ捨てする人おるし、自転車もほかしてあったわ。」そこで校区の古川をフィールドワークしてみることになった。
この話を聞きつけた市の下水道課から連絡が入った。「春に古川を上ってきた鯉が産卵した卵をかえして育てているのだが、4年生の子どもたちが育ててくれないだろうか」と言うのだ。子どもたちが反対するわけがない。4年生みんなで育てようということになった。さっそく下水道課のおじさんに来てもらって話を聞く。水辺クラブの方が60匹程の鯉を入れた大きな水槽を持って来て下さった。![]()
児童集会で4年生の代表が訴えた。古川の話、コイの話、そして「私たちで育てて、古川にかえしてあげようと思っています」、全校生が興味しんしんで聞き入っていた。廊下を通るたびに数を数えたり、大きくなったか覗いていく人たちも何人もある。
それから9ヶ月間、子ども達は4年生みんなで当番を作り、水槽の掃除やエサやりを毎日欠かさず続けた。夏休みの間も欠かすことはない。見るたびに成長しているコイの姿が子ども達をひきつけて離さなかったこともあったのかもしれない。
そして3月、立派に成長したコイを生まれ故郷の古川に還してあげた。
この子ども達の取り組みが今年の「コイを育てる学習」に引き継がれたのだ。また一つセイビ小に“わがまち”を学ぶ教材が生まれた。
4年生の取り組みが始まった(09年2月8日更新)
5月、下水道課の上田さん、飛山さん、水辺クラブの加藤さんに4年生の学年集会で、古川の話、コイの卵を採取したときの話をしていただいた。そして、上田さんが「今年の4年生もコイの世話をしてくれるかな?」と聞かれると、異論のあろうはずのない子ども達からは大きな返事が返ってきた。「コイを育てて、ふるさとの古川にかえそう」という取り組みが始まった。
去年の2倍はあろうかという大きな水槽が設置され、加藤さんと子ども達がコイを移したり、水草を入れたり等と準備が進む。
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クラスで「コイの世話係」のグループを作り、毎日毎日担当の班の人が▼水替えとえさやり、必要に応じて ▼水槽の掃除 ▼ろ過器の掃除等をする。
世話とそうじが終わったら必ず「観察カード」(見つけたこと・考えたこと・ふしぎ)を書いて、掲示板に張る。
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7月18日
古川にいたタイリクバナタナゴと、ドジョウ3匹が新たに仲間に加わった。もうコイは立派な魚の姿になっている。
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夏休みの間も、子ども達は毎日コイのえさやりと水替え、そうじを続けた。もちろん観察カードも書き続けた。
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学年授業(3月1日更新)
古川のフィールドワーク
10月2日、4年生の子ども達全員で、古川をフィールドワークした。淀川、寝屋川から流れてくる導水路が出合う、古川のはじまりから、コイの卵を採取した「コイの生まれ故郷」までを、ゆっくりと2時間かけて歩く。
学校に戻ってから、「古川を歩いて、見つけたこと、思ったこと、考えたこと、ふしぎ」のテーマでノートを書いた。
翌日、初めての学年授業での話し合いに取り組んだ。
アオサギが魚を食べていたこと、水草の様子、生息する生き物の予想等々、活発な発表が続いたが、やがて川の中にたくさんのゴミが捨てられていたことに話が集中していった。ペットボトル、ビニールの袋、お菓子の袋、野菜や果物など食べ物までが捨てられている。バイクやソファーが捨てられているのを見つけた人もあった。
その中で、M君が「こんなに古川が汚れていたら、ぼくらの育てたコイは放せない」と発言した。次回はM君の意見について話し合うことになった。
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(左)毎日世話をしながら書き続けている観察カードが、増えていく。9月5日
(右)10月7日 コイも育つ。
(3月14日更新)
M君の意見に賛成が続いたが、一方で「いきなりきれいになりすぎると、今生きている生き物が困る」「もともとゴミの多いところで育ってきたコイは、ゴミにも強いはず」、だから放しても大丈夫と反論も生まれる。古川の近くに住んでいるS君は、いつの間にか古川をのぞくのが日課になっていた。ある日、「市の人たちがやってきて、古川をそうじして行ったけど、その後しばらく魚が見えなくなった。きれいなだけではだめなんじゃないか。今の古川でバランスが取れていると思う」と発言する。
賛成意見や反対意見を交わしながら話し合いを続けていくと、どの子ども達の心の中にも「古川をきれいにしたい」という思いがもこもこと湧き上がってくるようだった。
「古川をきれいにするために」どうすればいいのか、子ども達は考える。クラスや学年授業で考え、工夫も出し合いながら、古川をきれいにするために、4年生で@生まれ故郷の川を掃除する Aポスターを作って呼びかける Bポイ捨てしないようにゴミ箱を作って川沿いに設置する C浄化装置を作って川の中に設置する ということに決まった。
(4月20日更新)
さっそく全員が4つのグループに分かれて相談し知恵を出し合い、行動を起こした。浄化装置のグループは、「雨水のろ過器」のようなものをイメージしていたのだが、結局炭をいっぱい集めて、大きな麻袋に入れて川に設置することにした。手作りの手紙を持って一軒一軒家を回り協力を頼む。焼肉屋にも頼んで炭を集める。集会朝礼でも、全校生に手紙を配って呼びかけをした。翌日、何人もの人が家かえら炭を持ってきてくれたり、わざわざ学校まで運んで届けてくださった地域の人もあった。
ポスターのグループは、自治会長さんの家を回り、掲示板に張らせてくれるように頼みに行く。ゴミ箱のグループは、学校中を捜し回って材料を集め、技能職員さんにも手伝ってもらい「成美小学校4年生」と大書した立派なゴミ箱を2つも作った。 掲示板や川沿いのフェンスにポスターを張ったり、会長さんと一緒に手作りのゴミ箱を運び、取り付けたりした。
川そうじのグループは胴長の防具を着込んでボートに乗り込み、川に入って掃除したりと、子ども達は大活躍だった。下水道課の人たちや、水辺クラブの人たちが集まってくださり、ボートの準備や安全確保、付き添い等々、気配りと応援をしてくださった。たくさんの人たちのお世話になった。「手伝えることはないですか」「応援してますよ」・・・と地域から声も届く。子ども達の学習に取り組む姿が、地域の関心を呼び、校区の人たちの反応が伝わってくる。「わが町の古川」を通して、子ども達と地域が一緒になって何か取り組みが生まれるのではと、そんな楽しみを感じてしまう。
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子ども達の考えた浄水装置。実際はドンゴロスの袋に変更された。
(4月27日 更新)
3月12日、いよいよ1年間かけて育ててきたコイを生まれ故郷の古川に還す日がやって来た。古川の大掃除も終え、これから古川をきれいにして欲しいという願いも込めて、ポスターを張り、手作りのゴミ箱も設置し、4袋の浄化装置まで川の中に沈ませて、子ども達なりに考えられる万全の準備をして迎えた日であった。
コイとのお別れの仕方をどうするか、1匹ずつを古川に還していけないか、そのために「そうめん流し」のような道具が作れないか等々にぎやかに話し合いが持たれた。それを聞きつけた水辺クラブのおじさんが、なんと雨どいをつないで、まさに「そうめん流し」のような道具を作ってくださった。
下水道課や水辺クラブの人たち、うわさを聞いた保護者たちなど、お世話になった方たちも大勢集まって見守る中、子ども達がペアーで持ったバケツに数匹ずつのコイを入れ、慎重に慎重にバケツを傾けて、1匹、また1匹と、まるで声をかけるかのように、川の中に戻っていく姿を確かめながら、放流していった。
4月の終わりに、水草についた小さな小さな透明の卵だったコイが、15cmを超える大物も含めて、大きく成長した姿に、改めて時の経過といのちの不思議を思ってしまう。何年後かに、このコイたちがさらに大きく成長した姿で古川に戻り、産卵してまた新しい命を生み出していくことになるのだろう。
4年生の子ども達が1年間かけて取り組んだ、長い長い学習が終わった。子ども達がいつも登下校や遊びに行く途中で渡る古川は、今何十匹もの大きなコイが遡って来て、バシャバシャと水しぶきを上げながらまた新しい年の産卵を始めている。
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1年でこんなに成長したコイ。
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1匹1匹生まれ故郷に還す。
おしまい