「草の根」の生命の種が、大空にはじけ飛んだ
「草の根通信」02年7月号で『餓鬼者』の連載を終えて以降も、これまでそうして来たように僕は学級通信を出し続けてきた。『草の根』の1500部の発行部数から比べれば、子どもたちとその保護者60人ほどのささやかな数なのかもしれないが、熱心な読者に支えられてきたと思っている。通信を手にした子ども達の変幻する表情や、連絡帳に書かれてくる保護者の手紙は、確かな手ごたえをいつも僕に与えてくれている。しかし今、もっと多くの人たちに僕の思いや考え、現場の実態を発信したい、そして感想や考えを聞きたい、交流したいという思いが、堰を切ったように溢れ出してくるのを抑えられないでいる。
教育改革という名のグローバリズム、教育の国家統制が進行している
このままでは教育現場が危ないと痛感するのだ。教育改革が声高に謳われて以後、個性の尊重、自分探しの旅、生きる力、自ら問題解決する力、特色ある学校づくり、地域に開く、弾力化等々、心地よいことばの数々が氾濫するようになった。しかし現実の学校現場では裏腹の実体が、これまでにない勢いを得て進行している。その特徴は小泉改革流を真似るかのごとく、なりふりかまわぬ現場を無視したトップダウンの通達である。
僕の在職する寝屋川市でも、例えば「ドリームプラン」がある。一校百万円程の予算がつけられ、子どもたちに夢を与えるプランが募集される。現場の求める声ではなく校長達が作文して応募し、結果だけが職員に知らされ、さらに忙しさに振り回されることになる。「基礎的な学力の保障」を謳い文句に、民間業者の「学力到達度調査」が、市内全児童・生徒に実施される。プライバシーの保護、学校間比較をしないなどの現場との確認をよそに、教師は子どもの「出来具合」を気にかけ、校長は他校との比較に目を奪われる事態が生まれている。全小・中学校の自由選択性も二年後の実施を宣言している。教職員への成績主義の導入と共に、職員間、学校間の競争をあおりながら徹底した管理強化がもくろまれる。
子どもの学びを生み出しながら、子どもたちとつくる教育改革は、絵空事に終わるやも知れぬ、まさに正念場を迎えている。それでも僕は五分と五分だと思っている。子どもたちと保護者のもっとも身近にいるのは私たちであるし、現場の思想を持っている。そして教育基本法がある。だから教育基本法が狙われ、だからこそ守らねばならぬのだと思いを強くする。
ホームページを開設
明治の学制発布以来の大改革だと言われる。確かに私たちの社会の未来が掛かっている。なぜもっと大きな論議が生まれないのだろうか、勤め帰りの立ち飲み屋で「教育改革のことやけどな…」とか、買い物のスーパーのレジ越しに「総合学習でね…」等々と言う世間話や,沸々たる議論がいたるところに生まれていいのではといつも思ってしまう。文科省や教育委員会のトップダウンの改革ではなく、一人一人がわが子の問題、自分の問題として教育を語り、改革を求める議論を巻き起こす一翼のほんの端っこの役割でも担いたいと思っている。
おそらく僕が今そうであるように、もがくように求める声に応え、社会に発信してきたのが「草の根通信」であったのだと思う。「休刊」が何としても残念で悔しくて仕様がない。
はたと思い至ったのがインターネットのホームページである。実は連載を始めた当初、僕は原稿用紙に書き、赤ペンで推敲したものを松下センセに送っていた。そんな書き方しかできなかった。ところがひょっとしてセンセが一字一字印刷用の原稿用紙に書き写されているのではと冷や汗を流してしまい、以後慣れぬ手つきでワープロのキーボードを一本指で抑えながら書いてきたという経験がある。ましてやパソコンは遥か離れた世界の存在であった。
そんな僕がソフマップに足を運び「簡単ホームページ・ビルダーV8」のソフトを購入し、「超図解ホームページ・ビルダー」の手引書と首っ引きでホームページの開設に取り組んだ。われながら想像だにしなかったことだけれど、一人でも多くの人に読んで頂きたい、一緒に教育を語り合いたいとの思いのなせる業であったのだろうか。
九州中津の地に根を下ろした草の根が、その生命力に満ちた種子を綿毛に乗せてふんわりふんわりと海を渡り、大阪の一隅に種を落としてくれたのかもしれない。
2004年6月17日朝未来、草の根の無数の生命の種が蒼穹に向かってはじけ飛んだ。綿毛に乗ってふんわりふわーりと全国に届き、大地にしっかと根を張って、列島の端から端まで海をも越えて、草の根をつなぎ合わせるにちがいない。
松下竜一さん、ありがとうございました。 合掌
(2005年1月1日「草の根通信」から再録)