
28年前、4年生で水俣学習に取り組んだとき、子ども達が「胎児性患者さんに会いたい」と声を上げ、水俣から二人の患者さんを招いて学年授業をした。子ども達も、参観した教師も、テレビカメラを回した報道陣も、その場にいた誰もが「いのちとは、豊かさとは」と問い掛けた経験が鮮やかに蘇ってくる。
「胎盤は毒物を通さない」との医学的定説を覆し、胎児性水俣病を突き止めた原田さんは検診、治療、裁判証人等々、「本当の中立は弱い立場の側に立つこと」と、常に患者の立場に立ち続けた人だった。
お酒と気さくな会話が好きで、「ガンの手術をして退院した日から飲んでますよ」とこともなげに言われる。言葉を交わした者を虜にする、やさしい笑顔が忘れられない。
国家やチッソの巨大権力に敢然と立ち向かう強靱さと、患者に寄り添う比類ない優しさ。人は共に生きる魂の数だけ強く、優しくなれるのかもしれない。原田さんは人の死だけではなく、水俣の猫や木々や魚や海の魂とも共生されていた。逝去の報を聞いた患者の一人が、「草も木も、みんな泣きよります」と呟いたという。
混迷を極める現代の状況の中で、例えば原発問題と向き合うとき、私は原田正純さんの魂のバトンをどう受け取りリレーしていくのかと、それを考えている。
