餓鬼者 がきもん〜共に学び、共に生きる子どもたち〜の感想

東京池袋と大阪梅田のジュンク堂で、『餓鬼者』が平置きされているのを見つけて、写真付きのメールで知らせてくださった方たちがありました。わがことのように喜んでくださる友人を持てたことが嬉しかった。

一木玲子さん


東京の一木です。写真を添付しています。送れるかしら?
昨日松森さんのお見舞いに行きました。本日退院とのことで、いつもと変わらず穏やかなお顔をされていて安心しました。娘さん二人と仲良く談笑されており、私も楽しいひと時をいただきました。
その帰り道に、池袋のジュンク堂によりました。池袋のジュンク堂は東京でも五本の指に入る大きな書店です。待ち合わせをしていたつれあいと教育コーナーを歩いていて、ふっと表紙が目に入って、「お見舞いにいった松森さんは、こんな顔の人」と指差したら、それが松森さんの本『餓鬼者』でした。(笑)
本棚に平置きにされていて、話題の新書扱いです。すごい。うれしい。
『餓鬼者』の表紙に書かれている松森さんの似顔絵は怒っている顔で、私は笑っている松森さんしか知らないんですが、しかし、よく似ています。まだ全部読んでいないのでわかりませんが、6年生のゴウ君が書いたのかな?
添付の写真は、思わずうれしくてとってしまった平置きされている『餓鬼者』の写真です。松森さんに転送してもらうために片岡さんの携帯に送ったのですが、せっかくですので一木からMLに送ります。


北村小夜さん(「太田・特殊教育を考える会」通信で紹介)
      
      こんなに元気な子どもたち
      こんなに楽しい教室
      こんなに愉快な学校
      そして 「がきもん」と怒鳴りながら
      深い愛情が伝わってくるような
      松森先生がいます。
 カバ−を見ただけで嬉しくなります。それも 政治が教育に介入し、能力主義、競争主義、成果主義を唱えてのしあがってきた橋下・維新の会が横行する大阪のことです。
 組織的な闘いと共に、このような実践こそが理の通らない弾圧を跳ね返す力だと思います。
 松森さんは、小学校の教員です。前に「もの申す」という学級通信をまとめた著書があります。
 学級通信「もの申す」は発行当時保護者たちからは、「高学年になって子どもは何も言わなくなったけど、これがあるので教室の様子が手に取るようにわかる」と喜ばれていましたが、本になってからは、教師に限らず多くの人の感動を呼んだものです。
 この本は、公害問題を通して知り合った故松下竜一さんが出していた「草の根通信」に5年半に及んで連載した「餓鬼者」に今日的な視点をふまえて加筆訂正したものと新しく書き加えた文章で構成されています。
 松森さんはあとがきに「東日本大震災で、国家的規模で作り出した安全神話が完膚無きまでに崩れたように頑迷な日本の能力主義神話もあっけなく崩壊する日がくるかもしれない。私なりの仕方で能力主義神話の金縛りから解き放たれた教育の可能性を発信し、模索したいと考えている。3・11の後、本書のサブタイトルを迷わず”共に学び、共に生きる子どもたち”とした。」と書き、さらに「インクル−シブ教育は、新たな障害児教育の方法ではなく、どの子にとっても必要な教育なのだと思います」と加えています。

岡田 新平さん

松森先生お久しぶりです
岡田新平です
毎年年賀状ありがとうございます
なかなか連絡できずスミマセン
先生の本読みました
僕は改めて先生や友達やいろんな人に
恵まれてきたんやな〜と実感しました
ホンマに感謝です
僕も転校してからいろんなことがあり
出会いがありました
今度是非先生に会って話がしたいです


鈴木 留美子さん

ジュンク堂で平置きされているなんてすごいですね。
私は、まだ半分しか読んでないのですが、「ともに学び、ともに生きる教育」とはこういうことなんだなぁと胸にじ〜んと伝わってきました。
大阪で取り組んできた「ともに学び、ともに生きる教育」のもとで、松森さんの本に書かれてあるようなことが、大阪の小中学校のあちこちで実践されてきたのだろうなと思いました。
大阪の「ともに学び、ともに生きる教育」の集大成のような松森さんの本が、全国の多くの人たちに読まれることを望みます。
私もいろいろなところで宣伝していきたいです。


高 文子さん

本、届きました。
「もの申す」読んでいます。
松森さんは、出会ってから、少しも変わらない人だと、感心していましたが、本当に、丁寧に誠実に、の中に、物事を楽しく見つめられる人だな、改めて思いながら、楽しく読ませていただいています。



先生へ

ただ今改めて餓鬼者を読ませてもらって、先生は相変わらず…昔のまま…きっと一所懸命大切な事を伝えたいのだろうと、素直に頭の弱い私が理解しました。感動したのは私たちに送って頂いた詩をずっと卒業生に送っていたのかなと…改めて泣けました…デスヨネ?
あの頃は難しいからわからなかったけど、今ならしみじみと伝わります。サイン帳に書いて下さったのも残ってますよ♪
お忙しい中、ダラダラと長いメールを送ること 許して下さいね 。幸い メールなので 先生の都合の良い時に読んで頂けたら幸いです 。
先生に伝えたいことです 。
多分今後 こんな機会があるかわかりません 。というのも…今6年の子供があの頃の私の様に向き合います 。他にも年齢様々な子供が…。多分余裕はなくなるかなと…
なので、餓鬼者のあのクラスの一保護者として先生に私の考えを無性に聞いて もらいたくなりました 。
なかなか先生の様な人に出会えるとは思っていません。人は20歳前後までの出会いで 良い出会いがあるのとないのとでは違うと 何かの本で読みました 。私にはきっと先生がその様な存在だったと確信があります。
180度 かわったと話した事あると思いますが…、私の引き出しから 先生は良い事だけを引っ張りだしてくれて 理解してくれました。
開けても開けても 良くない私の欠点だらけの引き出しの中に、 数少ない良い長所の引き出しを探してくれて 先生は勇気や自信をくれました!綺麗ごとじゃないです 。両親にもずっと先生への感謝の気持ちを伝えてきました。
話した事あるかもしれませんが、4年までいた学校でいじめやアホな私でさえ自殺?ってハッキリとした気持ちでなくともトラウマになるくらいの屈辱を受けた覚えが今でも残るくらいなので…少し歪む手前だったかも…両親が支えてくれてたので、なんとか持ったのかもしれませんが…
先生との出会いはあの頃の消極的な自信のない私にジャスト〜〜〜!って感じた、とてつもない支えになる程の存在でした 。だから 先生には感謝を伝えてきましたヨネ?
今 子供を持つ親になり 尚更色いろ考える 気持ちはわかって頂けると思います 。
色んなクセのある 心配ごとも多い子供たちですので、 先生の様に支えて下さる方が 子供の周りにいてほしいと切実に思うのです。親のできる事は限られ 伝えられる事も 多分様々ですが 自分には限られてる気がします。
といいつつも 過程はめちゃくちゃでも 命に変えられる程愛してたら なんでも伝わるだろうと 私の性格のごとく 信じてますが……
そんな中久々に先生と子供たちの悪戦苦闘を読み、 ますます 先生に伝えたくなりました 。
きっと私のように 支えとなり 救われた人が沢山いてるんだと、先生の苦労は 誰かが必ず感じ支えとなってると…先生も感じてるから 今まで頑張って来られたんだろうと、 おこがましい気もしますが 思います。ですから伝えたくなりました 。
だからいつまでも 物申していてください。
私も自分なりにしか出来ないけど我が家の餓鬼者たちと寄りそい生きていきます。意外に命かけて守ってる事は子供に通じてると自負しちゃってます。
先生もいつまでもお元気で…ご家族の皆さまのご健康とご多幸をお祈りしています。
遠い存在となりつつありますが、 気持ちは 6年3組 松森学級のままで 先生を慕っています 。
どうかお元気で…。

鶴島 緋沙子さん

「このがきゃあ!」とこぶしを振りたてて子供を追っかける髭ずらの親父や、近所のおっちゃん。
ぺろっと舌を出して、ここまでおいで!なんて逃げながら大人をからかう餓鬼ども。
そこはかとない夕餉の匂いの漂うそんな風景は、戦後の日本のものでした。まずは、本の表紙を見ての、私の勝手なイメージです。
「魂のバトンリレー」と題したまえがきを読み、心をゆるしあった男同士のある種、やくざ的なつながりの粋を感じました。
ご病気のことは、多くの人々のメールで知りながら、ただ、ただ、ご快復を祈るのみしか出来ませんでしたが、帰阪されたとのこと。本当によかったです。
これから本文読ませて頂きます。どうぞ、ご無理のないように、又、お会い出来ますこと願っています。(読後のすばらしい感想も寄せていただきました。後ろに掲載してますのでお読みください。)

野本 三吉さん

「餓鬼者」ありがとうございました。
草の根通信で拝見していたものが一冊になると、全体としての松森さんの生き方が伝わってきます。
 まえがきの「魂のバトンリレー」が、ピッタリですね。松下竜一さんとぼくも一晩一緒に休んだことありますが、セキこみで本当に苦しそうでした。この本は松下さんの魂のバトンを受け取った松森さんの全力疾走が浮かびます。
 さあて、これからどう生きますか、また会いましょう。

杉本 章さん

…御著、まだ「まえがき」と「あとがき」、それに初めの方しか読めていませんが、愛すべき子どもたちに取り囲まれている松森さんの嬉しそうな表情が目に浮かぶようです。
 「子どもは未来への希望」というのは私のかねてからの信条ですが、子どもはほんとうにいいですね。歳をとってからは尚更ですが、蟄居していて窓外から聞こえてくる遊ぶ子供たちの歓声や、むずかって大声で泣いている声を聴いてからさえも、思わず心の中で笑みが浮かんできます。
 もっとも、時折我が家にやってくる二人の孫(高3、中2ともに女児)と付き合うだけでもあのエネルギーには圧倒されますから、私など何十人もの小学生に取り囲まれればすぐにもダウンしてしまうことでしょう。
 松森さんは1938年生まれの私より一回りもお若いとはいえ、還暦を越えられているわけですし、できるだけ心臓に過度の負担をかけないよう、ゆっくり・のんびりを心がけて子どもたちと付き合ってください。
 昨今の大阪府・市政の動きを見ていると、腹立たしさを越えて恐怖すら感じさせられますが、たまにタクシーに乗って運転手の人と言葉を交わしたり電車の車中で現場の労働者らしい人たちの会話を聞いていると、橋下のファッショ的な言動を支持する声が予想以上に強いことに驚かされます。現在の政治・経済の閉塞状況に対する庶民の苛立ちが背景にあるのでしょう。学校教育の現場でも規制がどんどん強まってきているのではありませんか。大阪ほど露骨ではないにしても、この傾向はおそらく全国的なものと思われます。
 私の長女が中学校で講師をしていますが、彼女の話を聴いても、学校予算の締め付けに加えて職員室での上意下達の風潮は相当のもののようです。加えて、理不尽な理由で学校に怒鳴り込んでくる親も少なくないとか、ただ幸いなことに、娘はそうした親たちに辟易しながらも、特に学習についていけなかったり養育を放棄されて荒れている子どもたちのことを「どんな子にもええところがある」と、結構悪餓鬼たちともうまく付き合っているようです。
…これからゆっくり読ませていただきます。」

米岡 隆文さん

 松森先生、『餓鬼者』御上梓おめでとうございます。
 魂のバトンリレー、確かに受け止めました。
 早速二日間かけて読まさせていただきました。松森先生の35年間の教育実践がとても尊いものであったことがよくわかりました。何より、子どもたちと(個々のまた、クラス全体としても)つながっている、その確かな手ごたえを感じ、共に過ごされた時間のすばらしさが、どのページからも伝わってきました。
 松森先生は寝屋川教組の委員長である前に、ひとりの教育にかける職員であったのだと改めて認識をした次第です。
 私は、4月より守口の不登校生徒のための適応教室に、市臨時職員として勤めております。また、お会いできたら、文学のお話をしましょう。

上田 久恵さん

 私が初任の時から、ずっと見守り、支えてくださった松森先生。どんなに失敗しても、前向きな言葉をかけてくださる松森先生の笑顔に、いつも救われました。
 子どもたちが学び合い高め合うような授業づくりには、驚かされ、勉強させてもらいました。自分の授業を見直すきっかけを与えていただきました。古川のコイの学習が、こんなに深まって、続いていくなんて初任の時には想像できませんでした。
 松森先生のように、子どもたちに安心感を与え、ひきこむ話術にも憧れます。そして、子どもたちだけでなく、私のことも励まし続けてくださった松森先生は、尊敬する私の“先生”です。どうもありがとうございました。
 松森先生からの「魂のバトン」、確かに受け取りました。私も一歩一歩、大切に走り抜けられたらと思います。いつまでもお元気で、ご活躍を心よりお祈り申し上げます。

田口 なおみさん

今先生に手紙を書きながら、「こんなことがあったよと、きみにしか書けないことを書くんだよ」と綴り方の指導をされる先生の言葉を思い出しました。私は成美小に来て児童会のイメージが180度変わりました。行事のための児童会で、子どもはやらされているというイメージ、でも成美に来て児童会のある意味が少し分かったたような気がします。子どもたちが自分たちで考え、何かをしよう、変えようと実行していくとき、とんでもない力を発揮するんだな、正直子どもの力に毎回驚かされる日々でした。そして何より松森先生も児童会も大好きでした。(子どもみたいですネ…)
 最後の数年間を先生と一緒に仕事ができ、言い尽くせない感謝の気持ちで一杯です。
 先生から教わったたくさんのことを自分の宝として、今後の教師生活に生かし、子どもと向き合っていきたいと思います。先生本当にありがとうございました。

白澤社ブログから

 
『餓鬼者』を、「今春最大の収穫」と書いてくださいました。あまりの身に余る言葉で面映ゆいけれど、正直とてもうれしい。

 松森俊尚著『餓鬼者 共に学び、共に生きる子どもたち』(生活書院)を読みました。

詳細は版元の生活書院さんの紹介ページをご覧ください。↓

http://www.seikatsushoin.com/bk/089%20gakimon.html

とても面白い本だったのでご紹介したいと思います。

ベテラン小学校教師の実践記録です。毎年春には教育書が大量に刊行されますが、今春最大の収穫と言っていいのではないでしょうか。

生活書院さん、いい仕事をしてますねえ。

題名の『餓鬼者』は「がきもん」と読むのです。児童・生徒を「餓鬼」と呼ぶとはけしからん、と眉をひそめる人もいるかもしれませんが、子どもを蔑んでそう呼んでいるわけではないのです。本書巻頭に掲げられた次の一文を読めば「餓鬼」という言葉に込められた著者の思いがよくわかります。

日本の民衆史は、ときにニガニガしさを込め、ときにこよなく愛情を注ぎながら、子どもを「餓鬼」と呼びならわしてきた。わがもの顔に走り回るしたたかな姿が思い浮かぶ。

今、学校から「餓鬼」が消されようとしている。「餓鬼」と呼ぶ風土も喪われようとしている。子どもたちと共に、飢え、渇き、求め続ける餓鬼道に、スクラム組んで居すわり続けたいと願わずにおれない。

教師の仕事とは何か。ホンネのところを知りたいと思ったら、現役教師に聞くのがいちばん。国の教育政策や教育系諸学会の動向とは必ずしも無縁ではないとはいえ、相対的に自立した教育現場の、日々の教育の営みを語ることが出来るのは現場の先生方をおいて他にありません。

ところが困ったことに、現職教員というのは恐ろしいほど多忙です。ちょっとお話しをうかがいたいと思っても、希少な休憩時間を犠牲にしていただかざるを得ないのは気がひけます。その上、意外に思われるかもしれませんが、先生方の多くは驚くほど謙虚で、自分の教育活動を語ることについて控え目です。私の授業実践(教材開発、生徒指導etc)なんてささやかなもので、もっと立派な先生が他にいらっしゃいますから、と遠慮がちにしか話さない。

そして、これはいささか言いにくいことですが、先生方の文章は必ずしもわかりやすいとは言えません。授業で子どもたちに説明することには長けていても、学校外の一般人を読者に想定して文章を書くことがほとんどないからでしょう。特に校務分掌などについては校内でしか通じないギョーカイ用語もあります。さらに、教育実践記録の書き方が形式化・パターン化されているため、一般読者には教室の空気がつかめないということもあります。

そういうわけで、日本の教育事情を知るためにまず読まれるべき現職教員による教育活動の記録が、なかなか出版されず、まれに出版されてもあまり読まれず、せっかく読んでもよくわからない、というのが現状です。こうした閉塞状況をドーンと打ち破って出されたのが本書『餓鬼者』。

本書を手にとったら、いきなり本文を読んでみてください。五つの章に分かれていますが、どの章から読んでもさしつかえありません。教育学や学校制度について通じていないとわからないような文章はどこにもありません。どの章も読み始めればいきなり松森学級に招き入れられます。そこは子どもたちと、その子どもたちと共に学び、共に生きることを決意した「餓鬼者」すなわち松森センセとが活動する世界です。お涙頂戴の美談や、流行の教育論にあわせて切り取った記事ではなく、にぎやかで雑然としていて、どこか不揃いなところもある現実の教室の記録です。

第1章「子どもの物語」では、障害児、複雑な家庭の子、登校拒否児、生物観察に夢中になる子、教師に対等の殴り合いを挑む子の五人の個性的な子どもの物語が描かれます。以下、2章で学力論、3章で授業論、4章で生徒指導、5章で総合的学習がテーマとなりますが、いずれも「子どもの物語」のスタイルで描かれています。どれもお行儀のいい話ばかりではなく、ときには悩み失敗もしながら、子どもの置かれた状況と格闘する教師の物語でもあります。

子どもたちを見る暖かい眼差しのあいだからさりげなく示される、教育について、また人間についての著者の鋭い省察に「餓鬼者」の底力を感じます。テレビドラマや小説ではうかがい知ることのできない学校現場の手触りを得ることのできる貴重な一冊です。

森 幸夫さん

 …ところで頂いた本、読むつもりでいましたが残念ながらていねいに読了することができませんでした。かいつまんでしか読むことができなかったことを告白いたします、変失礼ながら! もともと教育というものに関心がなくて、ただ娘一人を育てるということで具体的にどうしようと事あるごとに考えて、対処してきただけのかかわり、社会というものを考えていくのに、大切な問題というのはよく分かっていても、大局的な視点に立てば人間がいかに生きていくかの問題に包摂されてしまうのだろうと単純に思っていました。
 松森君が書いたというのでない限り、このような類の本は決して手に取らなかったと思います。(吉本隆明は別格)でも松森君の本をぜひ読みたいと、寝屋川の甥っ子のお嫁さん(看護婦)が言っていたのでそちらへ転送します。悪しからず!
 感想と言えるものが書けなくて申し訳なく思いますが。松森君に教わった子供たちが大人になって、“あの先生はほんとうによかったなァー”と想い出されるのではというのが読後(?)の感想です。
 小生にしても、想い出す先生は僅か。小学生の時のH先生(3年間受持ちをしてもらった)母性のようなものを感じていたのでしょう。中学生の時の、N先生(理科の担当、2年間習いました)いちばん不思議な先生、1年の折には父兄からやめてもらいたいと訴えられていたと聞きます。ともかく型破り、いまから考えればとても教育者としては不向きとしかいえない先生、いまなら即刻馘といったところでしょう。でもなぜか私とウマが合っていたとしか思えない。後は、有名だったK先生、男みたいでやはり型破り、しかしこちらは実に教育熱心でまじめそのものでした。大変可愛がっていただいたので懐かしい。
 いろいろ断片的にはたくさんの先生を思い出しますが、印象深いのはこの3名の先生につきます。私の心の襞に何かしら影響を与えた先生たち、そういうことを通してしか、教育については考えられない私です!…

古川清治さん

 古川さんから原稿用紙6枚に及ぶ「感想」をいただきました。「共生教育」の現状と課題についての厳しい批判と意見は、私一人の懐にしまっておくにはあまりにもったいないと思い、ご本人の了承の上掲載することにしました。(部分です) これをきっかけに議論が生まれればと期待しています。とはいえ、訪れる人の少ないホームページではあるのですが。これはひとえに管理人である私の力量不足以外の何物でもありません。
・・・もちろん松森さんの働きかけがあるのだけれど、しかし前世紀末から今世紀初年のころにはまだこんな子どもたちがいたのですね。あるいは存在し/させえたのですね。振り返ればそのころから私の視力では学校がかすんで見え始めるようになってきたのだったと思うけれど。でもそんなことは別にして、たいへん面白がりながら読ませてもらいました。松森さんのセンセとしてのフトコロの深さ、精神の柔らかさが読む者にしっかり伝わってくる、と言えばいいでしょうか。ともかく、いわゆる教育実践記録っぽくない文章で書かれているのがいい。そして、そんな松森さんの個性や思想やものの見方は、古くは東井義雄さんと、その後は松下竜一さんと出会ったり、長いこと堀智晴さんと付き合ったりという経験と思考の積み重ねによって、形づくられてきたのでしょうかね。
 ここで話を変えます。読み終わったばかりの志水宏吉「検証大阪の教育改革」というブックレットに「世間に広まっている大阪のイメージ。ボケとつっこみのお笑い文化、…たこ焼き・お好み焼きの粉もん文化」云々という文章があって、思わず“ああ、そうか”と呟いてしまった。昨年の(障害児を普通学校へ全国連絡会の)大阪集会のスローガンが「お好み焼きはごちゃまぜの味」だったもので。つまり大阪の皆さんの、これが共生教育のイメージだったし、参加した現役の若い親の中に共感者も(ある程度以上は?)いたとも聞いており、しかしわたしの感想はといえば、大阪を含めて“日本のどこに「ごちゃまぜの味」をプンプンさせている学校があるのか”というものだったわけ。
 …ところがわたしの見るところでは、こんな言い方をしている限り、学力とはなにかも能力とは・能力主義とはも、また「画一的な一斉授業」批判もすべて、より深い議論はできませんよ、なのです。つまり議論を深化させるキッカケを組み込んでいないから…話を親に限れば、自分が投げ込まれている状況の仕組みや構造を批判的に検討する方法など、たぶん教えられたり独学したりしたこともなければ、そんなヒマもヨユウもないはずだし、というわけだから、大多数は共感を信念に変えてガンバルーとなるのでしょう。
以上、要するにわたしは“ゴチャゴチャ一緒にやってる学校はどこにあるのか、具体的に教えてほしいよ”と、また“分離肯定の教育行政がつくった制度や構造、近年のことばでいえば「システム」の、一体どこにゴチャゴチャいられるすき間があるの。ホラ、ココニアルと教えてよ”というふうに言い続けてきたのですね。…
 さて、ここでもう一度、松森さんの本に話を戻せば、この本を貫く思想の骨格が大阪的啓蒙主義とは異質の、いわば「探求の論理」とでもいうべきものをしっかり組み込んでおり、だから先にこの点を「面白い」と書いたわけです。よりテイネイには興味津々とか魅力的とかいうことばを使うべきでしょうか。またもっと具体的に言えば、この本にはわたしが応答ほとんどなし状況の中で歯ぎしりしながら、またほとんど先へ進めずに悔しがりながら、ニラメッコを続けてきた問題が、学校の内側から/内側のことばで取り上げられています。
 これを別に言えば、同じテーマに対してわたしはいわば市民のことばで、松森さんはいわば職業の枠、いや底を突き抜けた教員のことばで、あれこれ考えてきた/いる、となります。
 と、こんな書き方をするのも、松森さんもあと数年もすれば教員の言葉で語り書くことができにくくなるのでは、と思っているからですが、このあたりのこと、考え始めていますか。
 いやそれ以前に、この本の「まえがき」を松森さんは「さてこのバトンをいったい誰に、どのように、リレーしていけばよいのだろうか」と締めくくっているけど、本当に「誰に」や「どのように」がよく見えなくて困りますなあ。しかしお互いまったく孤立しているわけではない(はずだ)から、腰を据えてボチボチやっていきましょう。


鶴島 緋沙子さん

 障害児が普通学校でみんなといっしょに学ぶための配慮などについて、市の教育委員会と話し合っているときに、枚方市が始める「通学支援ガイドヘルパー制度」の話になりました。市が単費で行う画期的な制度ですが、その陰に潜む問題点について参加した保護者から鋭い指摘がありました。その意見を聞きながら『餓鬼者』の一節を紐解いていただけたようです。(松森)

 《見守り》と言う言葉に隠された《監視》にならぬように少しぐらいのトラブルが許される社会であって欲しいと思う。通学の制度が出来るのはいいが、いままで一人で学校へ通っていた障害児が、トラブルを理由にガイドとの通学を学校側から押し付けられることにならないだろうか、よく考えて制度を使っていかなければ障害児の自立を妨げるものになりかねないと思う。障害者のために作られた制度が、その中に障害者を閉じ込める状態にしていることがよくある。支援学校や施設もそうであろう。問題はそれだけではなく社会も障害者の居場所はそこだという認識になり、それが一番問題だと思う。    

 ここで、私は、これに関連した、とてもいい文章を最近読んだことを思い出した。先ごろ、著者ご自身から戴いた松森俊尚著『餓鬼者』の中の一節である。自閉症っぽいマサト君をめぐっての母親と松森先生とのやりとりである。
 『「先生、マサトの障害が問題ではなくて私達の受け取り方に問題があるのだと気付きました」と。それは、「障害に問題があるのではなく、それを受け取る大人達の側に、社会に問題があるんだ」と言われているように僕には聞こえた。そして「マサトが一人で出たいと言うのなら、もう止めないことにします。しっかり楽しんどいでと言葉をかけて送り出してやろうと思うんです。マサトに万一のことがあっても、それは仕方ないことなんだと、覚悟を決めました」。清清しい笑いをこぼしながらお母さんは話された。「これからいったい何が起こり、何が生まれるのか楽しみたいと思います」とも付け加えられた。』

 
これは、私が、読みかけていた大好きな松本清張の推理小説をほっぽり出して夢中で読ませて頂いた、まれに見る好著なのである。今まで元教師という人のいわゆる実践記録は、すべて上から目線で書かれたものが殆どで、親は、腹立たしさを抑えながら「有難う」を言わねばならなかったし、本人ならば「ざけんじゃない!」と一喝したいことが一杯あったに違いない。ここにきてやっと本物の実践に出会えたという感じである。
 「善意」「見守り」「共に」などの一見心地よい言葉に隠された人間支配の管理言葉(もちろん使う人を見極めるのは必要だが)は、あくまで私たち「普通」といわれている大多数が築いてきた、現代社会。それに適応しない人間を管理、排除するためにオブラートに包んだ言葉を用意しているのに過ぎないだろう。その中に何が何でも入れてやろうと「障害者」の自由を奪っているのが、今の社会の、人間の傲慢さだ。マサト君が街でどうしようが、そこで関わる市井の「餓鬼者」達の本物の「善意」や「見守り」を私たちは何より信じて暮らしていこう。親の大いなる自戒を含めて。それが校区に通う一番の意義なのだ。
 


松井 直哉さん

 私は、教育の目的とは「人間が人間を好きになること」と考えています。

 人類の先輩である年長者が、人類の後輩である年少者に伝えたいこと、それはまず自分たちが所属している集団へのウルカムであろうと思います。その上で、自分たちの集団で生きていくためのノウハウを身につけてほしい、という思いで教育がスタートするのでしょう。
 日本に生まれてきたので、日本語を獲得することによってまわりのみんなとのコミュニケーションに役立ててほしいだとか、お金を使う社会だから計算できることによって円滑にやりとりをしてほしいだとか、そういうウエルカムが「教育」のスタートになっているはずだし、現に親の「教育」はそこからスタートしています。

 ところが、「公教育」はそんな純粋な教育観で成り立っていないようです。私は明治政府の学制発布からの公教育に対するイデオロギーがいまだに大きく巾を利かせているように感じています。つまり、国家として、諸外国に対抗し得る人材の育成、という公教育の目標がいまだに日本では根強く存在している、と思えてしかたありません。

  諸外国に対抗し得る一部の超エリートを育てるのが目的なので、競争させてふるいにかけることが日常的に行われてもむべなるかな、なのです。
  でもそこには超エリート以外はウエルカムというわけにはいかず、子どもたちはウエルカムをしてもらうために果てしない競争の中に飛び込んでいるのでしょう。

  そんな教育をはじめ、社会の雰囲気の中では、まわりの人間に対しての愛情や共感を育むことはかなり難しい。つまり日本の公教育を受ければ受けるほど、人間を好きにはなれない、ということではないでしょうか。

  もちろん、その子の潜んでいる能力は伸ばせるのであれば伸ばしてあげたい。でも、そこには能力があろうがなかろうが、その子に対するウエルカムが背景になければならないと思っています。
  極端に言えば、まわりの人間が大好きな者は放っておいても周りの人のために役立ちたいと思い、自分の能力を伸ばそうとすると思います。そんな時には手を添えてあげるのはもちろんするべきことですが、その個人が他人を蹴落とすための学習は、むしろ手伝うべきではないのです。というより、私はしたくないのです。

 私は囲碁が好きです。囲碁は強ければそれは周りの人から敬意をもって見られます。でも、囲碁がまったくわからないからと言って、その人の価値が下がるものではありません。油絵が描ける、水泳が得意、料理が上手い、などできないからといってその人の評価が下がるものではないことが多いのに、学校の勉強だけはなぜできないと劣等感を感じるようにさせられているのでしょうか。そこがそもそも歪んでいるのです。
そんな状況を、私は「公教育」の限界のように思ってきました。府に雇われて、親の教育観(これもしっかり能力主義に洗脳されている)にも監視されつつ、学校現場で自分の思う教育を実践するには、あまりにも壁が厚い、という思いはありました。もちろん、誤魔化しつつできるだけ自分のカラーは出しているし、それなりに周りに影響を与えているという自負はあるのですが、時々いやになってしまいます。
  貴兄の実践を読んで、またがんばろうという気分が戻ってきました。夏休みが終わることが今年は苦痛ではなく、むしろ待ち遠しくさえ思います。(体力面では不安はありますが)

原 由美さん

 19日夕方受け取り、19日午前中に一気に読みました。感動しました。泣きました。一人ひとりへの眼差しと対応の仕方が違いました。教師って生徒はこうあるべき的な指導をしがちなのにさすがです。
 子どもたちの力を引き出す…自主性を育てる…というか、子どもたち自身がすごいですね。小学生で、いや年なんて関係ないでしょうね。魂はずっと高次なものを持ってますから…。なんかうまく言えませんが、表面的な薄っぺらい言葉じゃ言えないものがつまっています。松森先生、恐れ入りました。

真下 時子さん

 久美子さんつながりで購入した本ですが、開いてすぐまえがきに松下竜一さんの草の根通信のことが出てきてびっくり!!しました。私も1987年ごろから草の根通信を購読していました。松下センセが亡くなられて以降、このごろではすっかり頭から消えていたことだったので、よけいです。「餓鬼者」が連載されていた頃も購読していましたが、中身の詰まった通信でしたからそのころは拾い読みになっていて読んでいなかったのだと思います。(すみません)

このたび「餓鬼者」を読んで、先生ってほんと大変だなぁと思いました。主役の子どもたちがいろいろな境遇にあって、一生懸命なようすに引き込まれて読みました。松森センセとまわりの大人たちのようすも、脇で大阪らしく描かれて面白かったです。私も大阪に来て、隣家の人と友達になり、その人の影響で子どもをつれて(枚方の)公民館で遊びながら、障害を持つ人たち、在日外国人のこと、被差別部落のことなどについて学び、考え方を培っていきましたので、松森センセの姿勢はすっと共感でき、でもそれを実践するのにはこんなにエネルギーがいり、自由な発想が必要なことを目に見せてもらいました。

学校の先生の置かれている状況も厳しくなっているのでしょうが、このご本が、今の先生や大人たちに多く読まれ、子どもたちが悲しまずに生きられる世の中になってほしいとつくづく思います。長々と読みにくいメールで失礼しました。久美子さんとはまたお会いしたときにいろいろお話しましょ。

岸本 博明さん

貴書の『餓鬼者がきもん〜共に学び、共に生きる子どもたち〜』(生活書院)を
近くのTSUTAYAに取り寄せてもらい、読ませて頂きました。
とっちゃんが選んだ人生は、素晴らしいものですね!
人間形成で基礎に成る小学生時代、非常に多くの児童(及び父兄)の魂に
身近に接し、人間のあるべき姿を探求されている事に感銘を受けました。
小生は、日本のサラリーマンの一員として、絶えず、他国・他メーカーの競合
と死闘を繰り返し、必死に生きてきたつもりですが、人間本来の魂の浄化
とは程遠い人生を過ごしてしまった気がしてなりません。
とっちゃんがうらやましい思いが致します。

豊高 明枝さん LIP 11月号で紹介してくださいました。
※LIP(リップ)は、枚方市民発の、福祉・教育・文化・環境・ボラティアなどの情報を掲載する地域密着型情報誌です。

黄色い表紙のど真ん中に、ふんふんっ!と鼻息荒く大きく目を見開いた、あごひげメガネのおじさん。額に青筋立てて、でっかい顔で怒っている、著者の松森さんです。教え子の小学生が昔々描いた「似顔絵」なんだって。松森センセ、何を怒っているのかなぁ〜?

この本は、寝屋川市内の小学校に勤めていた松森俊尚さんが、36年間の教員生活の中で出会った子どもだちと共に過ごした時間をあつく綴った記録です。長年発行していた学級通信から抜粋したのでしょうか、子どもたちの絵や作文、観察日記等も載っていて、とっても面白い。

『…たばことかはいっぱいだった。もうむりなのかなあ?「町はきれいにならない」にひきずりこまれそう。でもまけてられない。きれいにできないほうをひきずって、なかまにしたい。……』2年生の生活科で「校区たんけん」に取り組んだ子どもたちは、道路に落ちるゴミの多さに気がつき、みんなで掃除をしたりポスターを作ったり、町をきれいにしようとがんばります。でも、いくら掃除しても、またゴミが落ちて汚くなる……。「あきらめずがんばろう」「やっても無理」クラスの中で議論を重ね、「寝屋川市にもポイ捨て禁止条例を作ってもらおう!」

3月に代表の子どもたちが「直訴状」を持って市長に会いに行くことになりました。市長との面談の実現もすごいけど、それまでの間に子どもたちが重ねた話し合いや葛藤、それがきっとこれから生きていく中で、大きな力となっていくでしょう。子どもたちの「学び」を引き出していく、すばらしい実践なのですね。

 「養護学校でもだめだと言われ」就学をあきらめていたかおる君は、ペビーカーで一年生入学。ベビーベッドを置いた畳の敷かれた教室で、次々と話しかけてくるクラスのみんなに囲まれて、笑顔を返すこともできないかおる君。だけど、きっと大きな喜びを感じていたはず。みんなも、他では学べないたくさんのことを、かおる君とー緒に過ごして感じることができたでしょう。

 「お出かけ」の大好きな多動の男の子。「自分のカラ」に閉じこもる女の子。じっと寄り添うだけでいいのかな? 読みながら疑問に感じたりもしたのですが、その子と共にそこにいて、しっかりとその姿をみんなで見守る中で、子どもが自分自身と戦い、葛藤を克服し、見守る人たちの世界に戻つてきたということを読み、子ども自身の力を信じることが大切なのだと、改めて思いました。

 「観察ノート」の取り組みから、金魚の生態について、次々と「ふしぎ」と発見を見つけ出していったN君。しんどい家族の中で、必死で生きていく子どもたち。外国からやってきて、日本の生活になじもうとする子どもたち。保護者や先生を次々味方につけて、「学校でのお泊まり」を実現させちゃう六年生。感動的な記録と共に、社会全体の閉塞感の中、大きく変化していく子どもたちの姿と、彼らを取り巻く厳しい社会の有様も正直に描かれています。

 だけど……。この本に書かれているようなすばらしい実践を、管理教育といわれる今の学校で、やっていけるのでしょうか? いえ、今だからこそ。いきいきと、子どもたちのいのちが内から輝くような教育を、ぜひやってほしいと思うのです。


片桐 健司さん(障害児を普通学校へ2012.10.No.308の「本の紹介」で書いてくださいました。)


 ひとりの小学校の教員の子どもたちとのかかわりの記録。「共に学び生きる」とか「これこそインクルーシブ教育」という文字が表紙からとびこんできて、「障害」児がみんなといっしょに過ごす様子を書いたものかと単純に思ってこの本を読み始めたら、そんなものではなかった。子どもと先生、子どもと子ども、親と先生、崩れかけた学級と先生、自分でもわからない状況におかれた子どもたち、それぞれの関係の中で著者がやってきたこと、考えてきたことが、どろどろと描かれている。「いったい教師は子どもに何ができるのだろうか」と自問する著者。「子どもたちは一人ひとり自分の物語を生きている。教師にできることがあるとすれば、子どもと寄り添いながら、その物語を可能な限りの誠実さをもって一緒に読み続けることしかない」と語る。

 たとえば最初のほうの話で紹介された子どもの作文に次のようなところがある。
 「しんぺいくんは、くるまいすにのって、足がうごけないから、ぽくは『しんぺいくんよりよかったな」とおもった。…手のきのうもはったつしていないから、てがつかわれない。かわいそうだなとおもった。ぼくはしんぺいくんよりましだなとおもった。ほんとうにかわいそうだなとおもったよ。ぽくはよかったなとおもった」。これは、りょう君の作文である。実は松森センセは、この作文の前にしんぺい君のことについて書いたりょう君の作文、そこにはしんぺい君が友だちと楽しそうに遊んでいることが書かれていて最後に「いっぱいともだちできるといいね」と書いてあったのだが、これに注文をつけた。そして書いたのが先の文だった。これを読んだ二人の子が、「これはしんぺい君が泣くようなことだ」「しんぺい君を苦しめる言葉だ」とりょう君にせまる。厳しい友だちの追及に「ウーン」と唸っていたりょう君が、皆に向き直り「悪いことではないと思う。本当のことを言ったり書いたりしてるんやから」と反論する。何も言わずに話し合いを聞いていた松森センセは、「自分のものの見方・考え方を守り通すかのように主張し続けたりょう君は立派だったなあと思えた」と、書いている。 
 こうして授業が生まれる。子どもたちの関係が深まる。それまでしんぺい君と遊ぶことの
少なかったりょう君は、この議論からしばらくして、しんぺい君の家へ遊びにいくようになったと書いてある。松森センセはいったい何をやったのかと思う。ただ作文に注文をつけて、かえって「気になることば」を子どもからひきだし、子どもどうしでやり合わせているだけなのだが。

 重たい問題をかかえた子どもの話が次々でてくる。クラスがうまくいかない先生の話とその中の子どもたち。なんでこんなふうになってしまうのかと悩みながら、そしてそれを見つめる松森センセ。良い方法があるわけではない。しかし、そこに寄り添う先生の姿に子どもたちは変化をみせていく。

 「金魚の観察」を始めたら止まらなくなってしまった子どもの話や、1年間図工の時間に「木」を作り続けた子どもたちの話もまたおもしろい。神戸でおきた「透明な存在」の少年の事件についてふれたところがあった。「(この)少年と他の子どもたちが、そんなに違い距離に位置しているとはとても思えない」と彼は書いている。「子どもたちは一人ひとり、みんなちがった自分の生活、個人史を引き摺りながら教室の机に座っている」「できれば教師もそっと身を寄せて、一緒にその時間を過ごせればと思うのだ」という言葉の中に彼の教員としての姿勢が伝わってくる。

 学力、点数、競争ばかりが際立つ今の学校が失いつつあるものを、この本は教えてくれているように思った。

山本勝美さん
 過日は思いがけずのご縁の出会いとなり幸いでした。またこの度は貴重なご著書をお送りくださり、心よりお礼申し上げます。
 本を読むのが遅いのに加え、多忙でしたが、熟読させていただいています。実に多様なテーマのご体験を凝縮された重み、インクルーシヴ教育をそのまま体現された実践として類例のない作品、また診断名を拒否し、子どもをありのまま受け入れ、記述されている点に感銘を覚えます。有難うございました。

矢野宏さん
 「餓鬼者」をお送りくださりありがとうございます。いいタイトルですね。松森さんの思いを知り納得しました。表紙の絵もいい、松森さんに似ているのでしょうか。
 松下竜一さんの「草の根通信」に連載されていたと知り、随分と鍛えられたのでは、と拝察しております。まえ書きに書かれた松下さんとのエピソードを読み、思わず黒田清さんを思い出しました。魂のバトンリレーとうずみ火、共通点がありますね。
 まだ最後まで読み切れていませんが、松森さんの優しさが伝わってきます。子どもたちの横に立って物事を見られている姿が目に浮かびます。しんぺいくんと友だちとの話は心が洗われるようでした。年を取るごとに心にコレステロールがたまっているのですね。